とりっくおあとりーと!

 

 
 
 「かっ、会長―! 勘弁して下さいよぉっ、絶対鼻で笑われて終わりですってー!」
 「大丈夫よ! 鼻で笑ったらこっちが笑うくらい苛めぬいちゃいなさい!」
 「意味がわかりませんっ」
 
 
 また騒いでいる。このアッシュフォード学園の生徒会室は、いつもにぎやかだ。
 この生徒会の全員が異常なほど仲が良く、人懐こい。いや、これが普通なのかもしれないが、僕は生れてこの方普通の人間というものとあまり接したことがないから、基準が分からない。
 僕はそんなことを考えながら扉を開く。
 
 「失礼します…」
 「あ、ロロ!」
 「な…」
 
 ぱあっとこちらに笑顔を向けるのはシャーリーさんだ。シャーリー・フェネット。三年の水泳部所属。とても明るい人で、多分、優しい、人だ。
 ところで僕は、その時ひどく狼狽して固まってしまっていた。
 何故ならシャーリーさんの格好が、何だかとても露出度の高い…というか。
 
 「やっぱり変だよね? こんな格好…」
 
 シャーリーさんがちょっと落ち込んだ感じで俯く。いや、多分、これは似合っているのだと思う。ただ、隠すところしか隠していない、その格好はどうなんだろうか。
 それは、おそらく狼をモデルにしたもので、全体的に茶色い。頭に耳、下の短すぎるズボンに尻尾がたれていた。
 
 「ロロかーわーいーい! 赤くなってるぅーぅっ」
 「え?! そ、そんな」
 
 慌てて頬を触ると、確かに熱い。胸の奥の心臓がやたらに跳ねていて、息がつまりそうだ。思わずシャーリーさんから目をはなす。
 頬が熱くなるのは、兄さんといたらよくなる。
 兄さんの偽りの記憶でなりたっている僕だけど、彼のその偽りのない優しさが、とても好きだ。…好きという感情も、この一週間でやっと身につけた。
 
 だけど、それとは違う。
 何だろう、この感覚は、何だろう。
 
 「何何ぃ、ちょっとムラムラしちゃったぁ? そうよねぇ、このナイスプロモーションだものねー」
 「む、むらむら?」
 
 耳慣れない言葉に目を丸くしていると、会長はぎゅっとシャーリーさんのむ、む、胸、胸を…! そ、そんなトコって触っちゃいけないんじゃないんですか!?
 
 「きゃああっ! な、何するんですか会長!」
 
 シャーリーさんも顔を赤くして叫ぶ。けれど会長はすごく楽しそうに「ひっひっひ」と中年男性のような笑い声を出してシャーリーさんの胸を、も、揉んでいる。
 「やー!」とシャーリーさんが暴れるが、完全に無視。かと思うと今度はこちらを向いて猫のようにニヤリと笑ってきて僕は背筋にヒヤリとしたものが伝うのを感じた。
 
 「ロロー、やっぱ男の子ってこういう健康体が好きなのー?」
 「なあ?! そ、そそそそ、そんなの僕に、き、聞かれてもっ」
 「会長!」
 「げ」
 
 僕の窮地を救ってくれたのは、やっぱり兄さんだった。
 どうやら全然気付かなかったが、いつのまにか入っていた兄さんは腕組をして壁にもたれかかっている。
 兄さんはその端麗な顔立ちに憂いを滲ませて、「はあ」と溜息をつくと、キッとミレイ会長を睨みつけた。
 その鋭さに僕はびくっとしてしまうが、ミレイ会長は「ぶー」と頬を膨らませただけ。
 
 「だってルルーシュと違って可愛いんだもん」
 「だからって人の弟に変なもん見せないでください」
 「変なもん?!」
 
 なんてひどい事言うの! と兄さんに詰め寄るシャーリーさん。
 すると兄さんはちょっと困ったような表情になり、シャーリーさんの格好を凝視した。
 
 「…シャーリー、一応女の子なんだからそんな破廉恥な服ばかり着ない方がいい」
 「普通に注意されたー!?」
 「あらら。なぁんていうかルルーシュ、君、ホントに男?」
 「は? というか、どうせハロウィンだからとかでそんなの着てるんだろうけど、シャーリーはもう子供じゃないだろ」
 
 そういえば、どうしてそんな珍妙な恰好をしているのだろう。
 兄さんはもう分かっているようだけど。「ハロウィン」?
 ぼんやりとそんな疑問の答えを考えていると、シャーリーさんが質問には答えずに、げんなりした様子で呟く。
 
 「ううーもういいわよ。ルルの馬鹿、エセホスト、猫かぶり」
 「エセホストというのは何なんだ。それを言ったらシャーリーだってエセホステスみたいなものだろう」
 「な、何でよ! ひどい!」
 「そんな刺激的な恰好をするのはお水の道の人だけだ。大体、言わせてもらうがシャーリーはいつも露出度が高い! 俺に言わせればスカートも短いな!」
 「な、何処のお父さんよ! それに、会長だって短いし、みんな短いよっ」
 「シャーリーは気に入らない」
 「何それ!」
 
 ギャーギャーと喧嘩している二人を前に、くすくすと笑っている会長。僕はそんな様子をなんとも不思議で、そしてなんとなく、心にぽっかり穴があいたような気持ちで見ていた。
 すると会長が、僕の顔を覗き込んできて、一歩後ずさる。
 
 「な、何ですか?」
 「…ロロってさぁ、もっと積極的になるべきだと思うわ」
 「え…」
 「もっとお兄ちゃん大好きーって行けばいいと思うし、もっと甘えてくれていいし、やりたいことをやってもいいのよ?」
 
 甘える?
 やりたいこと?
 
 どうやって?
 
 「うーん、だからさ、やりたいっていうことを、考えてないと思うんだよねぇ、ロロは。」
 「……? 会長の言うことは、よくわかりません」
 「あははっ」
 
 会長は困ったように肩をすくめてから、うーんと唸った。
 そして悪戯を思いついた子供のように笑って、僕の耳に囁いた。
 
 
 
 
 「シャーリーは無防備す…ロロ?」
 「あ…」
 
 ドンっと会長に背を押された僕は、兄さんとシャーリーさんの前に立ち尽くしてしまった。
 妙な空気が流れて、僕は唾を飲み込む。そして、ばっと兄さんの方を向き、口を開いた。
 
 「に、兄さん!」
 「ん?」
 「と、Trick or Treat?」
 「「へ」」
 
 兄さんとシャーリーさんは息ぴったりに目をぱちくりさせた。そして、これまた息ぴったりにぷっと噴き出す。
 な、何かおかしかっただろうか。
 僕はまた頬が熱くなる。今度もまた違う感じだ。これは、何だろう。
 
 「ふふ、そうなったらロロも仮装しなきゃね」
 「あ…」
 
 シャーリーさんが狼の耳を僕の頭にのせる。
 兄さんはなぜだか嬉しそうな気がした。そしてポケットから小さな袋をとりだして、僕に優しく渡してくれた。
 でも、何故、プレゼント用なんだろう。もしかして、もしかして。
 僕の為に?
 するととんでもなく嬉しくて、頬が熱くなる。
 
 「さすがルルーシュ、弟のプレゼントにはぬかりないわね」
 「さすがブラザー・コンプレックス」
 「二人共うるさいぞ。でも、ロロの悪戯は気になるな」
 
 くくっと未だ笑いながら兄さんが言う。するとシャーリーさんも楽しそうに笑って、同意した。
 
 いたずらというのは好きな事をしてもいいってことだろうか。
 少し違うニュアンスな気もする。だけど。
 『やりたいこと』
 僕の、『やりたいこと』。
 
 「……兄さんに、構ってほしい…」
 「「「…。」」」
 
 皆がきょとんとして僕を見ている。
 やっぱり変な事をいっただろうか。だけどこれくらいしか、思いつかなかった。
 
 「か」
 
 シャーリーさんがじわじわーと笑った。
 
 「かわぁあいいいいいい!! ロロ可愛い!」
 「うわっ、わ、わっ」
 
 僕の頬がまた熱くなる。今日、最初にシャーリーさんの格好を見たときと同じような感情。だけど、そこに少しだけ兄さんが優しくしてくれる時の感情がまじっているような気がした。
 肝心の兄さんをおそるおそる見上げると、まだ目をぱちくりさせていた。しかし、次第に口角をあげていき、僕に歩み寄った。
 そして、僕の手にあったプレゼントを取り上げてしまう。
 僕は拒絶されたのかと泣きそうになっていると、兄さんがニッコリと笑うのが目に入る。
 
 「これは、明日までお預け」
 「え…」
 
 
 「今日は、構いまくってやるから、覚悟しろ」
 
 いたずらっぽく言って、彼は僕の頭をなでたのだった。
 
 
 彼の意図が分かって、思わず頬が緩んだ。
 ああ、笑顔っていうのは自然に出てくるものなんだ!
 会長と目が合うと、ぱちりとウィンクしてくれて、何だか通じあえた気がして、また頬が熱くなった。