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確かに、自分でも似合っていると思う。
鏡に映る黒い学ラン姿の自分は、何処へ出しても恥ずかしくない学生だ。
だが、スザクは22、立派な成人男性。
ブリタニア人、他EU系の多い【黒の騎士団】、タダでさえ日本人であるスザク
の童顔は目立つのに。
こんな任務をしたと知れたら、完璧に【童顔】のレッテルが貼られてしまう。
まあ極秘任務、しかも学園は寮ということなので、知られる事はないだろうが。
と言ってブルーな気分が晴れる訳でも無く、深い溜め息をついた。

「だ、ダメだダメだ!」

そんな不幸面の顔が鏡に映り、ブンブンと頭を振る。
学生に戻るんだから、悪い事ばっかじゃないはずだ。
青春の1ページ…告白されたりしたり…川原を駆け回ったり…死んだ双子の弟と
南ちゃ…幼馴染みの為に甲子園を目指してみたり。

…何か違う?

いやいや!
それに何より、久し振りにナナリーに会えるんだ!
最近仕事のせいで全く会えていなかったのだ。
ナナリー・ランペルージ、本名ナナリー・ヴィ・ブリタニアはルルーシュの唯一
無二の肉親であり、彼の溺愛する妹である。
愛らしい容姿に、優しい言葉。
足が不自由だが、一生懸命リハビリに励む強さも持っている。
スザク自身、彼女を妹のように思っており、おそらく彼女も第二の兄と慕ってく
れてるんじゃないかと思う。

そんなナナリーと、これから暫くの間、一緒にいれるのだ。
これ程喜ばしい事があるか?

さっきのブルーな気持ちはどこへやら、スザクはらんらん気分で家を出たのだっ
た。

 

 

 

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「動いたか、【ゼロ】が」

愉快そうに喉の奥でくつくつ笑う。
彫りが深い中年は、真っ黒いスーツに包まれた足を組直した。

『ええ。みたいですよ。転校生がやってくるらしいですから』

『分かってますよ。気をつけます。…あなたの計画が、成功に終わるまで

 

 

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今にもスキップしそうな勢いで登校していると、携帯が鳴る。

『バイト先』

見た瞬間、スザクの目が細められた。
しかしすぐに『学生』の顔になり。

「はい、木原ですが、何か用ですか店長?」

今回の任務で、僕は木原秦(きはらしん)、生年月日はxxxx年、3月1日。血液型は
た、確かO型、生まれは日本東京、父親の仕事はしがない会社、レベルの平社員。
そしてバイト先は弁当屋。
細か過ぎる程書かれた『木原秦』の資料を読みまくった。
記憶力に乏しい僕が何故こんなに頑張ったかと言うと。

「ファーストクリア、まずは罰則無しだなおめでとう」

楽しそうな声音でそう告げて来る。
スパイである僕達は、任務の達成率で給料が決まる。
だが、それだけでは正確な達成率は上げられないと始まったのがこの試験。
いつあるかか分からない、しかも1に引っ掛かると罰則有り。
ちなみに抜けているスザクは、昔罰則の常習犯だった。

「ありがとう…」

「マイナス10点、10%の減給決定、おめでとう」

そう。そしてセカンド以上では減給がついてくる…ってえぇ!?

「何で…?!」

「あのな。俺は誰だ?」

あ。

「て、店長! 勘弁して下さいよぉ!」

「もう遅い。大体、お前、本部との連絡は指定に合わせて外部に怪しまれないよ
うにする。…教科書にも書いてあるぞ」

「教科書には書いてないです…」

必死の説得は厳しい言葉に一掃され、うなだれる。
すると、くくっと笑う声が聞こえた。

「そう落ち込むな。まだチャンスはある。」

…減給は無しにならないんですね。
口に出しても無駄なのは明白なので聞き流す。

「で、お前に伝えるべきことがある。ナナリーの護衛はサヨコさんに任せてある
。」

サヨコさんとは、今の時代珍しいくのいちだ。
代々アッシュフォード家に仕えているのだが、ずっとナナリーの世話係を任じら
れていたせいか、すっかり忠誠心が生まれてしまっている。
たまにそっちの用事を受ける時は、カレン、またスザクなどルルーシュの家族構
成を知っている者に代理が任せられるのだ。
で、つまりルルーシュはサヨコさんにナナリーの件が落ち着くまでアッシュフォ
ードの用事は受けないでくれと頼んだらしい。


そしてつまり、僕は--。


『観察ターゲット、ジノ・ヴァインベルグを徹底的にマークしろ』


ナナリーが遠ざかって行く---!!

 

「よろしく、僕は木原秦です」

 
 にこ、と人畜無害な笑顔を貼り付け、早速ターゲットと接触する。
これもルルーシュの差し金か、たまたま席が隣だったのだ。
 手を差し出して握手を促すと、ターゲットは口角をくいっと上げる。
 
 ―――なんてカッコいい笑い方だ。
 
 不覚にもそう思う。
 別にときめくとか、そんなんじゃなくて、自分もこんな風に笑えたらもう少し女性に恵まれた人生を送ってこれたかもしれない――なんてくだらない事を思ったのだ。
 
 「知ってるよ、さっきあそこで挨拶してたろ? まあ、よろしく。私はジノ・ヴァインベルグ。ジノでいいよ」
 
 一人称『私』。出は貴族ヴァインベルグ家の四男であり、つぐことのないその家だが、生まれたときかスパイとなることは決まっていたらしい。
 金色の髪に、青色の瞳。背が高く、物腰も柔らかい彼はよく「オトナ」な方法を得意とするらしい。
 そんなことまで興味はないが、資料に書いてあったんだから仕方ない。
 というか、そこまで調べあげられてるスパイって実際どうなんだ?
 
 だが――――ルルーシュは言った。
 
 『こちらもすべて、筒抜けかもしれない。どちらが先に、相手の情報を自分たちのものにするか。』
 
 ―――まあ、当然こちらに決まっているが。
 
 勝手なことを言ってくれるものだ。
 大概偉そうなボスの言葉を思い出して溜息をつく。
 
 「シン?」
 「あ、ご、ごめん! ぼうっとしてた」
 「はは、頼りないなぁ。ほら、手」
 「わ、ごめんごめん」
 
 大きな手が差し出されていることに気付いて、焦って手を合わせた。
 にしても何だこの大きさは、腹が立つんだが。
 
 
 「ス…秦さんっ!」
 「ナナリー!!」
 
 イスの上から手をのばしているナナリーに駆け寄り、抱擁する。
 お茶をしていたナナリーの傍にはサヨコさんもおり、その様子を微笑んで見ていた。
 ナナリーはスパイ業のことは知っているが、自分が狙われているということは教えてないらしい。
 カレンなんかは教えるべきだと反対したが、シスコンルルーシュに勝てるものはいなかった。
 ナナリーには僕は、学校の裏入学について調べている、ということになっている。
 …それで誤魔化し切れるのか?
 ルルーシュはたまにホントにバカになるから、不安だ。
 
 「逢いたかったよナナリー!」
 「私もです秦さんっ」
 「ちょっと大きくなった? 髪も伸びたみたいだ」
 
 自分に少し似ている、ふわふわの髪をなでながら言うと、ナナリーがさらに笑みを深める。
 
 「切ってくださいますか?」
 「もちろんだ」
 
 それは結構定番なことだったりする。
 スザクは、実は散髪屋になりたかった。まあそれは叶わぬどころか、遠すぎる夢だったのだが、今でも人の髪を切るのは好きなのだ。
 嬉しそうにナナリーが「ありがとうございます」と笑うと、傍観者が会話に入ってきた。
 
 「驚いたな、女性の髪は美容院で切るものじゃないのか?」
 「ジノさん。ですが秦さんはとてもお上手なんですよ」
 「へえ、ちょっとブキッちょそうに見えるのに」
 
 美形を驚きの表情にゆがめる彼は、悪気なんて一欠けらもなさそうだが、スザクは正直イラっときた。
 ぶきっちょ? 僕が?!
 君の方がお坊ちゃまで何もできなさそうじゃないか…!
 
 「そ、そんな…。冗談が好きだなあジノは」
 
 なんとか怒りをしぼめ、必死の笑顔。
 
 「いや冗談なんかじゃないよ、シン。とても可愛らしくて。何もできないお坊ちゃまって感じだ」
 
 
 
 ふ。
 
 ふざけんな!!

 

 
「やっぱりか」
 
 これ以上の減給は防ぎたいので、口調に気をつけて電話越しの相手に不満げに呟
いた。
なぜならジノと同室だったのだ。あれからジノは、いやがらせのようにスザクに次々と嫌味を言ってくる。
正直、勘弁していただきたい。
ストレスで情報を奪い取る気だな!
ちなみに、今度の設定は中学時代の友人。度々変えなければ怪しまれる危険性があるのだ。
 すると、低い声が笑った。それは妙に色っぽい。
 そういえばルルーシュもジノと同類だ。
 何処か仕草が紳士で、眉尻を下げた優しげな笑い方は不覚にも見惚れてしまう。
 
 「何だ、気が合わないか」
 
 「気が合わないという問題じゃないよ。すっごく嫌味を言ってくるんだ!」
 
 可愛いとか頭ほわほわしてそうとか馬鹿っぽいよねとか!
 
 『おいおい、全部当たってるじゃないか』
 
 「な…っ」
 
 少し驚いたような口調でからかうルルーシュにムッとする。
 もし。もしもの話だが、本当に僕がそうだったとしよう。
 
 だとしても失礼だろう!?
 
 「しかもナナリーと仲が良いし、ホント気に障る」
 
 『何だ…っ』
 
 と、と続くはずのルルーシュの言葉が途切れ、スザクは目を見開いた。
 その時にはスザクの手に携帯はなく、代わりに後ろから声が響いた。
 
 「相手と同じ部屋で悪口とは良い度胸だな」
 
 ニコッと人好きのする笑顔を浮かべてはいるが、完全に怒っている。
 昼間の穏やかさとはまるで違う、ピリピリした空気が流れた。
 スザクは息を飲み、おそるおそる振り返るが、内心携帯がツーツーと鳴っている
事に安心していた。
 さすがルルーシュ。
 通話中は画面に番号が表示される。
 優秀なスパイなら一瞬で覚えてしまうかもしれない。
これで場所を特定されることは回避できた。
 …まあ、減給は決定だろうが。
 思わず溜め息を吐けば、コチラを見下ろしているジノが言う。
風呂上がりで濡れた、下ろしている髪が首筋に引っ付いていた。
 
 「溜め息を吐きたいのはこっちなんだけどな。」
 
 「…悪かったよ。だってあまりに君が僕に嫌味ったらしいから」
 
 ちょっと居心地悪く身動ぎして謝る。
 と、ぶっとジノが噴き出し、その場に座り込んだ。
 
 「!?」
 
 「ははははは! ホントに可愛いなぁ! スザクは…っ」
 
 くくっとまだ笑い続けているジノに呆然としていたが、はっとなり眉を上げる。
 
 「可愛いという形容詞は男に使うモノじゃない!」
 
 「ふ…っくく、随分難しい言い方をするんだなあ」
 
 「どうも」
 
 しまった、ルルーシュの言い方が移っていた。
 ふと目が合う。
 瞬間、驚きにスザクの瞳が開かれた。
 それもそのはずだ。ジノは一瞬でスザクにのしかかったのだから。
 スザクは訳が分からなかった。
 生まれつき身体能力の高かったスザクは、人にのしかかられたりすることはなかった。
 される前に気づくからだ。
 だが、今のはどうだ?
 
 認めたくない。
 認めたくはないが。
 
 
 ―――――――――――――――僕は、彼に負けている。
 
 そんな事を、押し倒されながら思って、はっと我に帰る。
 
 「な、なんだよジノ、いきなりっ」
 
 ジタバタともがいたが、両手首を片手で戒められただけなのに、びくともしない。
 スザクは、今まで自分よりも強い人というのにあったことがなかった。
 だから完全にパニクって、ただひたすら暴れる。
 それをジノは、しばらく静かに見下ろし、笑っていた。
 が、ふと彼はスザクの耳元に囁いたのだ。
 
 
 
 「枢木スザク―――君は私のものだよ」
 
 
 

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