「ナナリーが狙われてる!?」
スザクの怒気の含んだ声に、目の前に座るボスもイライラとした口調で応じた。
「ああ。全く、腹の立つことだ。」
「で、でも、ナナリーはもしものためにって君とは名字を変えて…」
タンタンと彼の指先が机を叩く音が響く。
「言ったはずだぞスザク。そんなカモフラージュはいつまで持つか分からない、
と」
そういえば、とスザクは眉をひそめた。
【黒の騎士団】。
スザク属する、フリーのスパイ集団だ。
主な仕事は、依頼があって成立する。麻薬組織の居所、時に破壊、その他諸々。そんな部隊は他にもあ
るらしいが、 特にこの【黒の騎士団】はトップだ。
何しろ、依頼で失敗、または中断したことは一度もない。
スザク始め、紅月カレン、C.C.などの優秀な人材がある、というのは大きな一つ
の理由だろう。
が、スザクなどは、(決してそんなことはないのだが)自分程度のスパイは山のよ
うにいると思っている。
ゼロ---この【黒の騎士団】スパイ統括。
的確な指示、人を惹きつける才、完璧な計算で固められた作戦---。
それが【黒の騎士団】存続の全てだ。
「と、言ってもだ。何故俺が"ルルーシュ"だとバレたのかは知りたいところだな
。可能性は上がっているが。」
ニヤリと悪どく笑う青年--スザクの幼馴染みでもある、ルルーシュ・ヴィ・ブ
リタニア。
彼こそが、【黒の騎士団】を統べる存在、ゼロの正体だ。
「それって…っ!」
この【黒の騎士団】内にスパイが、と言いかけた途端だ。
コンコン、とゼロの部屋のドアが鳴る。
「…カレンか」
「はい!」
女性のよく通る、芯のある声。
「証拠は?」
「一週間前は貴方がコードネーム・セブンと出掛けている時、Jの護衛に」
「よし、入れ」
ルルーシュが満足そうな笑みを浮かべてロックを外した。
自動ドアが左右に開く。そこには真っ黒な服に身を包んだ、紅髪の顔の整った女
性が立っていた。
彼女は紅月カレン。【黒の騎士団】トップクラスのスパイの一人でコードネーム
・紅蓮だ。
カレンとは(多分)仲がいいので、スザクは笑って挨拶をしようとしたが、彼女が
引きづるようにしているものに、その笑顔は引きつって止まる。
そんなスザクとは反対に、勝ち誇った笑みを浮かべるルルーシュを見て、スザク
はようやく現状を飲み込んだ。
彼女は「失礼します」と言って近付きながら片手で引きずるもの。
それは、男。
【黒の騎士団】の制服に身を包んでいるものの、紋章はおそらくカレンが怒りにまかせてはぎとったのだろう、そこだけ破れていた。
つい一か月程前に入ってきた新人の縛られたその姿に、スザクは肩をすくめる。
「なるほど。僕の心配なんて必要無しって訳だ。さすがゼロ。感服です」
「何だ褒めてるのか? 気持ち悪いぞ、セブン」
彼が盗聴器を持っているかも、という疑念からコードネームを使用する。
すると、スザクよりも遠くルルーシュと距離を持って止まったカレンが言った。
「大丈夫よ。持ち物検査は完璧。隅から隅まで確認したから。」
「ええ!? あ、アソコマデ!?」
下品なスザクの言葉は、ミゾオチに仕掛けられた膝蹴りで咳に変わる。
女の子とは思えない威力だ…!
カレン、やっぱり僕の背中を預けられるのは君だけだ…。
「もちろん、その辺は辺りにいた男にやってもらったわよ!」
二人のやり取りに苦笑しながらルルーシュは口を開いた。
「持ち物検査ご苦労だったな、紅蓮」
「は、はい!」
熱狂的なゼロファンなカレンは嬉しそうにその場に敬礼した。
まったく、何でこんなにこの子はゼロに陶酔しているんだか。
ルルーシュ、という存在に対しては結構キツイのに、スザクには違いが分からない。
が、続くゼロの「しかし、」という声にカレンは顔を引き締めた。
「体に埋め込んでいる、というパターンもある。まあ、だとしても効果は切れて
いるだろが、念の為検査を」
「了解! ほら、歩け!」
カレンの足に鞭打たれて、男はノロノロと歩き出す。
「で、ここにお前を呼び出した訳なんだが…」
スパイは捕まえたのに、未だ顔色の晴れないルルーシュにスザクは首をかしげた
。
「ん? あのスパイの出所を潰すんじゃないの?」
「まあ、そうだな」
「何だよ。意味深だなあ」
含みのある言い様に、スザクは子供のように唇を尖らせた。
前々から思っていた事だが、この幼馴染みの童顔にはスパイ時の黒スーツは似合
わない。
どちらかというと。
「制服なんか似合うと思うぞ」
「…は?」
「特にアッシュフォード学園の制服なんかピッタリじゃないか?」
ルルーシュの言葉から何か不穏なものを感じたらしい。
何処か怯えた表情で「な、何が言いたいんだ」とルルーシュを睨んだ。
察しが宜しくて結構なことだ。
「最近、ナナリーにやたら構う男子生徒がいるらしい」
「……ふぅん? それが僕の童顔と何の関係が?」
スザクはひたすら分からない振りで抵抗するつもりらしい。
無駄な足掻きとはこの事だな。
所詮は統括とスパイ。つまりは社長と社員。もっと言えば主と下僕。
俺に逆らう事なんて不可能なんだよスザク!
「ルルーシュ、顔が怖いんだけど」
「ははっ、気のせいだよ下僕。」
「下僕!?」
「まあ気にするな」
「!? 気になるよ!?」
スザクの焦った声を無視して話を続ける。
「まあ単刀直入に言おう」
「そ、それは嫌だ!」
ひぃっと顔に書いてあったがそんなものお構いなし。
というかSっ気のあるルルーシュには加速をかけるだけだ。
「ゼロが命じる。その男の観察、及びJの護衛。今回、作戦No.25I6をコードネー
ム・セブン、君に任せる」
…行くしかなかった。