ユーフェミア・ヴィ・ブリタニア。
彼が愛した…いや、今も愛し続ける唯一の女性。
桃色の髪をした、明るい瞳の方だった、とパーティーで見ただけで思う。
けれど、虐殺皇女。
その真相は分からない。
少なくとも彼が望んだことではないはずだ。
だとしたら、なぜ?
イレヴン…日本国内での戦争がそれで終わりを告げてもよかったのに。
「ユーフェミア様ってさ」
ジノに背を向けてパイロットスーツを脱ぐスザクが、その名を聞いた途端ぴくんっと身体をゆらす。
そして何かをこらえたような低い声。
「何?」
「お前の何が好きだったって?」
「はあ?! ったぁっ!」
余程思いがけない質問だったんだろう。思いっきり振り返った拍子に膝を壁にぶつけたようだ。
ジノはそれにちょっと笑って、続ける。
「だから、ユーフェミア様は枢木スザクのどこが好きだったのかなって」
「…それは嫌味かい?」
眉をひそめ、冷静を取り戻したスザクの瞳が睨んでくる。
彼はいまだラウンズ仲間のジノに心を開かない。半年でようやく、普通の友達っぽく話すことも前よりは多くなったものの、それでもたまに驚くほど遠ざけるのだ。
聖地に入るなというように。
ここからは立ち入り禁止とでもいうように。
ある範囲で必ずこいつは遠くに行ってしまう。
私は全く足りないというのに、近づきたいというのに。
「違う。気になったんだよ。イレヴンを騎士にするって難しいことだろ? 世間的にもな。それほどにお前を好きだったんだろ、彼女は」
「……そうかな」
「…何でそこで曖昧になるんだ」
そこは自信満々にそうだ、と言っていいところだと思うけど。
スザクは少し瞳を伏せた。ジノはそれをじっと見つめて返答を待つ。
沈黙が流れて、暫くたったとき。
スザクが微笑んだ。
見たことのない笑顔。
優しくて、引き込まれそうな、美しい笑みに、ジノは思わず固まった。
「そうだね」
スザクがジノに向きかえり、ジノもようやく我にかえることができた。
「彼女は僕を好きになろうとしてくれた。僕も彼女を好きになろうと」
「違うんじゃないか?」
「何が?」
スザクがきょとんっと此方を見て首を傾げる。
大きな目をぱちくりとさせてジノを覗き込む仕草は、まるで子犬みたいに見えた。
いつもなら考えられないことだけど。
「まあー、いいや! それよりスザク!」
「まあいいかって…。自分から振っておいて」
「あはは、そうだっけ?」
言わなかったのは、少しの意地悪。
私はお前が好きだから、ユーフェミア様を本気で愛していたなんて気付かれたら厄介なんだ。
というか、気付かないことが信じられなかった。今までも散々天然だとは思っていたが、まさか『愛する』という事にも鈍感だとは。
ユーフェミア皇女殿下も、きっとお前を愛していた。
そう言ってやりたくもあった。
だけどきっとお前は信じない。
それは理解してくれていただけだ、とかなんとか言って信じないんだろ。
愛を、信じたりしないんだろ。
「で、何? …ジノ?」
「…」
「?」
ふわふわの茶色い髪を手でかき混ぜる。驚くほど柔らかいそれは、とても居心地がいい。
もしかしたら。
なぁ、もしかして。
私は不思議そうに見つめるスザクに屈んで、にっこりと笑った。
「私もスザクをもっと好きになりたいな」
――――――――――お前は愛情が怖いんだろうか。
ならひっそりと愛そう。
「もちろん、友達として」
お前が心地よいと思える距離で。