前篇

 

 
 
 「ルルーシュ! ルルーシュー!!」
 
 騒がしく、それでいて弾んだ声がルルーシュの脚を止めさせた。
 振り返る必要もなく、その主が誰か明確にわかり、軽く溜息をつきながら言う。
 
 「スザク、ここは政庁だぞ」
 「あ、も、申し訳ありません、殿下」
 
 軽く叱責すれば、すっと頭を垂れた。皇族に対する忠誠を示す動作だ。
 
 「まあいいさ。幸い、まわりには誰もいなかったようだからな」
 「は。」
 
 ここが庭やルルーシュの屋敷なら、反対に敬語はやめるように言うが、ここは政庁なのでルルーシュはその仕草に何も言わない。
 
 「で、どうしたんだ?」
 「えへへっ」
 
 スザクはバッと顔をあげて、ほにゃーとした笑顔を見せる。どうやら相当嬉しいことがあったらしい。
 昔からこの幼馴染は分かりやすかった。
 ルルーシュとスザクは幼いころから主従の関係にも関わらず、親友として付き合っている。
 スザクは気さくでフレンドリーな性格なので、ルルーシュに敬語をやめろと言われた日から友達気どりだったことからそれははじまった。
 それからなんとなくルルーシュもスザクと気が合うことに気づき、それからは妹のユーフェミアやナナリーとも一緒に遊ぶようになったのだ。
 
 「それでさー」
 「ああ」
 「僕、ユフィの騎士になったんだ!」
 「・・・」
 
 目の前で目をキラキラさせているスザクは、ご主人様が撫でてくれるのを待っている犬のように見える。
 が、ルルーシュはぱちくりと目を閉開させ、呟くように言った。
 
 「…それで?」
 「それで…って! 嬉しいんだよ僕はっ」
 「て、言ってもお前、そんなの昔から約束していたのを達成させただけじゃないか」
 
 家柄的にも、枢木家の子どもは皇族を守る騎士として育てられるので、別に感動的なことでもないはずだ。
 
 「はー。もうルルーシュってホントダメ。ダメだなー」
 「…降格にさせることも俺にはできるが」
 「殿下! 殿下は誰よりもすばらしいお方です!」
 「は、冗談だよ。良かったな」
 
 ぱっと態度を変えて垂らした頭をぽんっと優しく叩いてやると、がばっと顔をあげた。
 
 「うんっ!」
 
 よしよしと続けざまに撫でてやれば、ルルーシュだけに見えるスザクのしっぽが千切れそうなほど振られているように見えた。
 
 
 
 「ところで、ルルーシュは騎士をとらないの?」
 「は? 俺が?」
 「そうだよ! その方が絶対安全!」
 
 スザクが執務室の椅子に腰かけるルルーシュに力強く断言すると、ルルーシュは腕を組んで考え込むしぐさをした。
 
 「まあ安全かどうかはともかく、いた方が皇族としていいのかもしれないな」
 「うっわ、もうヤダ! ユフィなんて騎士として認めてくれたとき、こう言ったんだよ『スザク、私はあなたに守られる代わりに、私もあなたを』」
 「今の話から関連づいてないし。惚気たいだけだろ」
 「うん」
 
 即答するスザクに深く溜息をつく。スザクとユーフェミア皇女は、実は恋人関係にある。
 皇女と騎士。結構な禁断の愛じゃないか。だがこの自由なご時世、そして彼等のラブラブっぷりに文句を言える者はユーフェミアの姉であるコーネリアだけであろう。
 まあ影では色々言われている部分もあるらしいが、何分二人とも好感のもてる皇女と騎士だ。御似合いという意見が多いのだろう。
 でもだからと言って甘やかしていると――――。
 
 「でね! ユフィと今度―街に出ようって思っててー」
 
 ヘラヘラっというスザクにいら立つ。
 甘やかしていると、すぐこれだ。惚気。
 
 「あーそうか。枢木卿!」
 「は! な、何だよルルーシュ、ビックリし…」
 「すぐに帰れ、出て行け執務の邪魔だ」
 「ひ、ひどいっ!!」
 
 スザクの頭に着いた犬耳がたれた気がする。瞳もうるうると涙目だ。
 だが、コイツはつけ上がらせるとすぐに「ユフィユフィユフィ」。
 聞く者にとってしつこい惚気ほど鬱陶しいものはない。
 
 「…ぐす、わ、わかったよ。ルルーシュの意地悪、バカ、あんぽんたん」
 「……お前な」
 
 俺は一応、皇子なんだが。
 心で呟きながら、背を向けたスザクに溜息をつくと同時、スザクが思い出したように振り向いた。
 
 「なんだ」
 「そうそう! コーネリア皇女殿下がルルーシュにも騎士を持たせようとしているらしいよ!」
 「はああ?!」
 
 思わず眉をひそめれば、スザクは苦笑する。
 
 「仕方ないよ。だってルルーシュは皇族の中でも飛びぬけて頭がいいから、狙われやすいと踏んでるんだろうから」
 「だからといって…」
 「それにルルーシュ、体力な」
 「スーザーク、それ以上言うとどうなるか分かってるよな?」
 「こわいな。ばいばいルルーシュ!」
 
 ひとつも怖いことなんてなさそうに笑って、スザクは執務室から出て行った。
 
 「まったく、あの姉上は余計なことを…」
 
 騎士。
 考えたことがないわけではなかった。
 あんな風に幼馴染二人は昔からその誓いを立てていたし、この皇子という立場はどうしても危険な目にあう。その度、ふと騎士がいた方がいいだろうか、と思うのだ。
 だが、それは同時に慣れあわなければならないということ。
 それはとても面倒なことだ。
 
 「でもまあ、姉上が御所望とあらば、そのうち嫌でも騎士を持たせられるだろうしな」
 
 ルルーシュは軽く溜息をつくと、電話を手にした。
 
 
 
 「ようこそ、いらっしゃいました殿下」
 「余興はいい。こちらは練習風景でも見ている、いつも通りにしてくれ」
 「は、かしこまりました」
 
 今、ルルーシュは騎士育成所に来ていた。
 あんまり騎士騎士した熟練だとこちらがやりにくいと考えたので、正反対の初初しい成り立てを選びに来たのだ。
 
 「おいルルーシュ殿下だ」
 「あれが…」
 「きれー」
 
 口ぐちに生徒がルルーシュを見て言っていると、教官がどなり声をあげた。
 
 「殿下はいつも通りの練習を拝見されたいとのことだ! 気を抜かず、精一杯打ち込むように!」
 『は!!』
 
 熱いな。
 ルルーシュはその気迫に一歩気おくれした。
 その時、明るい声がルルーシュの耳に届く。
 
 「ありゃぁー、もう始まっちゃってますよ、会長」
 「ホントねー。というかシャーリー、ホントに騎士になるの?」
 「それを決めるための見学です!」
 
 女か。それも女子高生のようだ。
 ルルーシュは帽子を深くかぶりながら、練習場を覗き込んでいる二人を見た。
 会話から判断するとおそらく付き添いの女は金髪の大人っぽい少女だ。そして騎士志望の方は、オレンジ色の長い髪をしている。
 
 「へぇー、あんな訓練するのね。シャーリーならできそうだけど」
 「はい! できます! それなら早く、あの学校に入らないと…でも、学費も高いしなぁ。夢で終わるかな」
 
 しゅん、と彼女が下を向く。
 なるほど庶民の出なのか。だがその方がいいかもしれない。
 元々あのコーネリアの差別主義には嫌気がさしていたところだ。彼女の思惑通りの騎士を持つのもつまらない。
 
 「おい」
 「はい……って」
 
 すっと彼女らに近づくと、騎士志望の方が目をぱちくりさせた。
 傍でみると、なかなかの美貌だ。グリーンの瞳はくりっとしているし、肌は透き通るように白い。
 そんなことをぼんやり思っていると、騎士志望が大きく息を吸い込んだ。
 まずい、と思うより先に。
 
 「ルルーシュ殿下ぁーーーーっ!?」
 「ちっ、バカ」
 
 ばっとあたりを見ると、ルルーシュがいることを知っている騎士候補達はざわめいただけだが、その騎士育成所の周りは実は住宅地だ。
 人通りも多かった。
 
 「ルルーシュ殿下?」
 「え、うそおっ」 
 「キャー! 本物ぉっ?!」
 
 なんてことだ。焦ると同時に頭が冷える。
 こんな処で騎士を決めるなんて、相当コーネリア姉上に対してストレスでもたまってたっていうのか。
 付添いの方の女子高生は口を開けたまま呆然としている。
 教員までがおろおろとしており、野次馬達がおそるおそるこちらに近づいてきている。
 ちっ、どうする…と考えている内に、ぐいっと手をひかれた。
 
 「こちらです! 殿下」
 「え」
 
 騎士志望の女はルルーシュを素早く練習場の中へと連れ込む。
 
 「ああっ、待ってー」
 「追いかけようぜ」
 
 そんなことを言っている彼等にきっと厳しい視線をよこした。
 
 「な、なんだよ…」
 「この方は殿下ですよ! 失礼とは思わないんですか?」
 
 ルルーシュを背に庇うようにやり、よく通る声で野次馬に言う。
 
 「そ、そんなこと言う君は無関係じゃない!」
 「…っ」
 
 騎士志望の女はそこで言葉に詰まった。
 確かに彼女は無関係だ。
 
 なら―――――――――それを変えればいい。
 
 「…彼女は俺の騎士だ。それを無関係とは不敬なことだ」
 「えぇ、ルルーシュ殿下は騎士は持っていないと…」
 「そこまでです! 殿下、中へ」
 
 ようやく事態がつかめたのか、教官がルルーシュを奥へと招いた。
 ルルーシュはそれに「ああ」と返事すると、すっと騎士だと言われたことに呆然としている女に言った。
 
 「お前も来い。」
 「へ‽! あの、でもっ」
 「早くしろ」
 「あ、あ、はい・・っ」
 
 騎士志望の女は、慌ててルルーシュの後を追ってきたのだった。