悲しみに染まっていくみたいで、嫌なんだ

 

 
 
 この子供は、自分を警戒している。
 それはもうとっくに分かっているし自業自得だとも自覚しているから、極力こちらからも話さないようにしていたのだが。
 
 「…君を嫌ってなんてないよ」
 
 思わず言葉が出た。
 だってテーブルの椅子に腰かけて座る彼の眉間に、縦じわが寄っているから。
 あの子、みたいだったから。
 
 「…。」
 「…。」
 
 小狼はこちらを見て珍しく目を開き、ぱち、と瞬き。
 そしてそれに驚く暇もなく、すっと瞳が細まる。
 
 「……だけど」
 「君があの子ににてるから。でも違うから、戸惑っているだけだよ」
 
 正直なところ、気になってもいた。
 いつも小狼が近付くと、にこ、とサクラは笑う。
 だけどそれは柔らかい笑みでなく、これ以上近づかないでという敬遠。
 サクラにあそこまで意図的に避け続けられれば、ショックも受けるというものだ。
 
 「それにサクラちゃんは、優しいから。人を嫌うなんてできない」
 「……」
 
 そんなことは知っている。
 知っているんだ。
 ずっと見ていた。あの魂と共に過ごした時間は、彼等よりも長い。
 
 「嫌う、とかじゃないんだ」
 
 そんなことは、仕方ないと思う。
 
 「どこまで近づけばいいのか、わからない。守る時もおれは、もしかしたら戸惑って、あの手を」
 
 また。
 はなしてしまうのかもしれない。
 それに―――――――――――――。
 
 「君は強いよ」
 「え…」
 
 ファイに目を向けると、すっとほほ笑んだ。
 同時、なんて人だろうと。
 警戒をしていたつもりだったのに、いつのまにか自分から話してしまうなんて。
 優しさにのってしまうなんて、普段の自分ではありえなかった。
 
 「だから、大丈夫」
 「……ありが、とう」
 「いえいえ」
 
 ふにゃぁっと笑う。
 
 「ところで、気付いてる?」
 
 瞬時に表情が変わる。小狼はうなずいた。
 
 「妙な力だ」
 「ホントにねー。あのお二人さんも、モコナも気付いてはいるんだろうけど。まったくもって、今までにない力だ」
 「…。」
 「行くの?」
 
 ファイはいつものように笑って聞く。こくりと頷けば、彼も細長い体をおこした。
 
 「じゃあオレもいこー」
 「え?!」
 「いや?」
 「いや、っていうか…」
 
 何だかうれしいような、不味いような、不思議な気持ちで頬を赤くしながら戸惑うと、へにゃりっとファイは笑い、
 
 「じゃあ交渉成立ねー。モコナ―、出かけるけど起きるー?」
 
 と歩きだした。
 
 
 
 
 「んー、どーも学園の方から感じるよね」
 
 ファイは手で軽く指さしながら困った顔。それもそのはずで、さすがに部外者丸出しの小狼達では中に入れるわけがなかった。
 
 「シャーリーちゃんを呼ぼうにも、連絡手段なんてないし」
 「侑子に聞くー?」
 「できるのか?」
 
 小狼の肩に乗るモコナを見る。モコナは今日も真っ白ほわほわで、耳にシャーリーから貰ったリボンをつけていた。
 そして最近お気に入りなのか、小狼の肩はモコナの定番スポットだ。
 モコナはぴょんっとウサギみたいに耳を揺らして小狼の問いに答える。
 
 「できるよっ!」
 「さすがモコナー」
 「じゃあ早速…」
 「その必要はない」
 
 学園の庭で話し込んでいた三人の会話を、上からよく通る女の子の声が遮った。
 
 
 
 
 
 整理整頓された、すっきりした部屋に三人は招かれていた。
 
 「私はC.C.。 お前たちが探しているのはおそらく私だろう」
 「…ええ、貴方だけじゃないみたいですけどー」
 「へえ、成程、するどいな。さすが『次元の魔女』のお気に入りだ」
 
 くく、と喉の奥で笑いながら言うのを聞いて、モコナが驚いて話す。
 
 「侑子のこと、知ってるのー?」
 「もちろんだ。私を誰だと思ってるんだ?」
 「……面識が?」
 
 小狼が問う。
 すれば、ふっとC.C.が笑った。
 
 「お前、そっくりだな。アイツの友人…とやらに」
 「アイツ…?」
 「おい!」
 
 突然、ドアがばん! と開かれる。
 あらわれたのは、黒髪の美少年だった。真っ黒な学園の制服をスマートに着こなしており、整った顔立ちがさらにそれを際立たせている。
 紫色の宝石みたいな瞳が開かれる。
 
 「…おい誰だ。こいつらは」
 
 先ほどよりも低く彼女に尋ねる。
 
 「全く、タイミングの悪い男だ。私がせっかく、何の諍いもなく話を終わらせようとしていたのに」
 「何を…?! スザク…っ?」
 
 ばっと彼と小狼が目が合ったと思えば、突然そんな名前を驚きが混じった声で呼ばれ、小狼は眉をひそめた。