たとえば、すきという感情は私にゆるされるものですか。
愛するということは、罪にあたいしますか。
だれかを傷つけてしまいますか。
「それにしてもー助かったね」
ファイはコーヒーを片手にふんわりと笑った。
心のからの笑顔、でないことは誰もが知っている。
シャーリーがミレイさんという人に掛け合ってくれて借りれた家に流れる空気は、重苦しいものであった。
「何がだ」
「もちろん、シャーリーちゃんに会えてだよ」
「…そうですね。助かりました」
「ここ、学園の敷地内みたい! セーフク来た人がいっぱいっ」
モコナは窓から顔をだし、楽しそうに笑う。
それに小狼は近づき、首をかしげた。
「セーフクって。何だ?」
「学校へ行く時に着るって決められてる服だよー」
「へぇー、さっすがモコナ、物知りー」
きゃっきゃと業とらしいくらいにファイとモコナははしゃぐ。
実際、わざとだろう。
笑う回数が減っていた。いや、そんなことはなかった。
ただファイ達と顔を合わせることが減ったのだ。
沈んだ、というには強い意志をもった瞳に、慰めるということもできなくなってしまった彼女にせめてもの懇意。
小狼はその様子を見てから、彼女の変わらない瞳を見ているだけだった。
黒鋼とサクラは買い物にでることになり、二人なれない街中を歩いていた。
近いショッピングモールくらいはシャーリーに教わっていたので、迷うことはない。
「おい、姫」
「はい、どうしましたか?」
にこ、と笑ったサクラ。
それは違う。東京に行く前、皆に見せていた、あの屈託のない笑顔とは違う。
黒鋼はその笑顔の違和感に苛立ちにも似たものを感じながらも、言葉をつづけた。
「…お前も、か」
「え?」
小首を傾げるサクラ。
「いや、何もない…小僧?」
「…!」
黒鋼は眼を見開いた。
サクラは黒鋼の目線を追い、息をのむ。
「小狼くん…!」
無意識だろうか。
サクラの発した言葉に、黒鋼は一瞬瞳を閉じた。
だがすぐに開ける。
そんな場合ではなかった。
目の前に、小狼に異常な程似ている少年が、学園の制服を着て歩いているのだから。
サクラが追おうと走り出す。
黒鋼はそれを止めようと手を伸ばすが、すぐに引き戻した。
それは違う奴だと分かっていたのに。
「あの…!」
サクラは無我夢中で彼に陥るように制服を握った。
茶色いふわふわした髪の中、くりっとした子供っぽい目に、小さな鼻や口。
「しゃ…っ」
思いがけず胸が高鳴って、涙がこぼれそうになった瞬間。気づく。
瞳の色が、翠に染まっている。
違う。
そうだあたりまえだった。
だって、彼は…・。
走馬灯のように走る光景は、血で真っ赤だ。
『やめて!』
そう、やめてほしかった。
だけどその“結果”はたくさんの犠牲をうみ、彼自身を追い込んだのかもしれない。
だって優しかったから。
人を傷つけることを嫌う人だったのに、私が、止めたから。
死んでほしくないだなんて、自分勝手に願ったから。
いのちをもたぬもののくせに
「ゆ、ふぃ?」
ちがうよ。
そう呼ばれた時、ズタズタに引き裂かれた心臓が、突き刺された気がした。
わたしの存在はいつも誰かのかわりですか