君が特別だからだ。
大勢の女性と付き合ってきた。
『恋人』というものが愛し合うことを前提にするというのなら、当てはまらない相手もいた。
ふりもしたし、もちろん振られもした。
「節操無し」
ぼそり、と小さな唇から呟かれた言葉。
言われ慣れているが、自分的には納得がいかない。
「そんなことはない。一応、選んでいるんだ」
「ジノの選ぶ、は、わかれやすいかどうか。違う?」
沈黙。
ぽちぽち、と彼女の必須アイテムを押す音が響いた。
全く、いつもその小さな画面を見ているくせに、的確な意見を述べる。
「そうかもなー。」
いや、本当のところザッツライト!状態なのだが、素直にそう言うのも癪にさわる。
「そうやっておどけて話を終わらせるのは、自分の立場が危うい時」
「…アーニャ、お前な」
この子は本当困ったものだ。ジノは焦ってじわりと額に汗を滲ませるが、アーニャはこちらをチラリとも見はしない。
時々、アーニャには額にでも目がついているんじゃないかと本気で考えることがある。
あと心が読めるとか。実は魔女とか、天使とか悪魔とか。
うぉー超似合う!
ジノはちょっと気分が良くなってもう一度彼女を見た。すれば、やっぱりじっと携帯を弄るアーニャ。
何だか魔女とか天使とかにしては情緒のない姿である。
いやもしかしたら宇宙人で連絡とってるとか…な、わけないか。
ふぅ、と自分のそんな考えに苦笑した時、ぱっとアーニャが顔をあげた。
「…スザクが、帰ってきたって」
スキップにも似たリズムの良い歩き方で、ジノは政庁の廊下を渡る。
背後にはいつもどおり、薄桃色の髪の少女が携帯をいじりながらもしっかりとした足取りでついてきていた。
「スザクの部屋に到着―!」
ジノはいつも通り無防備に開いている扉を元気よくあけた。
「……何」
「テンション低っ!」
室内では、もうすっかり部屋着でベッドに寝そべっていたのだろう。突然の来客に上半身だけをおこして、こちらに顔を向けている。
いつも無表情で素っ気ない彼だが、いつもとは違う表情にジノは首をかしげた。
「なんだスザク、疲れてるのか?」
「…!」
ジノがスザクを気遣うように言葉をつげた瞬間、アーニャはばっと顔をあげた。
薄桃色の髪が申し訳程度に乱れた。いつも眠たげな瞳は、いっぱいに見開かれ、アーニャよりも数段高い背のジノを見上げていた。
その珍しすぎる同僚の反応に気付かないラウンズではない。
「どうしたんだ、アー…」
「ジノ、私、帰る」
「え」
「ジノは、スザクといて」
「何を言ってるんだアーニャ。連れて帰ってくれ」
はぁーと今にも漏れそうな溜息を滲みこませたような声でスザクは言うが、アーニャは首を振った。
「大丈夫」
「? …アーニャ?」
瞬間、彼女が笑ったような気がして、スザクはベッドから降りた。
「うわっ」
すれば、いつのまにかどすどすと部屋に入り込んでいたジノに肩を組まれ、
「分かったよアーニャ! 何か事情が出来たんだな! おっけーおっけー! スザクの事は私に任せろ!」
「おいジノッ、あ、…行っちゃった。…やめてくれ」
頬ずりをされた。
『貴方といると、疲れるの』
そう言われてふられたことがある。
それを気にしたことはなかったのに、スザクの疲れた表情を見て、思いだした。
なぜだろう。
「しょうがないな、お茶を入れるよ」
少しふらつきながら立ち上がるスザクの腕をつかむ。
「……いらない。」
「へ‽」
とすん、とそのままベッドに寝かせ、ふわふわの茶色い髪に手を伸ばした。
「おやすみスザク。寝るまで、ここにいるよ。」
緑色の瞳が零れおちそうなほど目を開いている。
いつもの彼からは想像できない程、素直そうな少年に見えた。
初めて見る表情だ。 ドキドキする。
ああ、でもそうか。
「…迷惑かな?」
それだったら、嫌だ。
もしかしたら今自分は、随分情けない顔をしているのかもしれなかった。
「……」
暫く不思議そうな顔でジノを見つめると、ゆっくりとほほ笑んだ。
「ううん。…ありがとう」
笑った。 ドキドキする。
私は、彼のやくにたてた。 嬉しい。心臓が痛いくらい。
だって、「ありがとう」だって。
ジノは、喜びを噛みしめるようにはにかんで笑った。
(寝顔、超可愛いな。今度、写真をとろう。ああ、それならアーニャと、私の三人のスリーショットでもとらないとな。
いつにしよう。ああそうだ、今度パーティーがあるから、その時に。いや、普通のレストランの方がスザクはイイのかな。
どうだろう。今度、聞いてみよう。でも、スザクはどういう食べ物が好きなんだろう。やはり和食かな。今度セシル嬢にでも聞いてみよう。そういえば彼女は手作りがうまいらしい!私の手料理をスザクにあげるのもいいな。喜ぶかな?)
気づけば、君のことばかり。